お別れ

 エアリアルが亡くなる前日、広場でアルファに会ったら、たった10日ほどの間に脚が伸び、背中の毛も変わっていて、ずいぶん成長していた。ふと、
「アルファも成長しているし、そろそろ日常に戻らなきゃ」
という考えが頭に浮かんだ。とっさに、
「エアリアルは敏感だから、そんなことを考えたら『私の役目は終わった』と思って、旅立ってしまう」
と、必死に打ち消そうとした。

 けど、その通りになった。

 ママが長い夜を一人ぼっちで過ごさなくてもいいように、明け方に旅立った。

 どこまでも、ママ思いの子だった。

 エアリアルの体を拭き、ブラッシングして、耳としっぽの飾り毛を手元に残すために少しだけ切り取った。エアリアルは、穏やかな顔で、眠っているようにしか見えなかった。それまで冷静に作業していたのに、終わったとたん、涙が込み上げてきて、エアリアルの名前を何度も何度も呼んだ。その時、エアリアルが、
「ママ、見て見て、こんなに自由に走れるよ」
と喜んでいるのが聞こえたような気がした。
 ああ、そうだね、エアリアルは今苦しみが終わって嬉しいのね。ママも、そのことを喜んであげなくちゃ。
 そう思っても、後から後から悲しみがこみ上げてきて止まらなかった。

 エアリアルが亡くなったことを友人たちに知らせた。闘病中何度も訪ねてきてくれていた二人が、お花を持って来てくれた。線香は辛気くさいからと頼んでおいたアロマキャンドルも買ってきてくれた。いい香りで、エアリアルに似合っていた。アジ仲間からも花束が届いた。
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 花さえなければ、昨日までのエアリアルと変わらない。最後の数日間、ずっとこの場所に横たわっていた。視野の隅でエアリアルの姿を捉えると、かけた布の下で薄い肩が上下しているように見えた。マズルがぴくぴくしているように見えた。二人きりになってから大部分の時間を、エアリアルの傍らに座って過ごした。食事の介助をしなくなってからは、ほとんどすることもなく、テレビやDVDを見ていた。
 毎日のように、私の選択はこれでよかったのかと悩み、何もしてやれず日に日に衰弱していくのをただ見ているだけしかできない絶望感に泣くことも多かった。それでも、エアリアルと二人きりでゆっくり過ごすのは、不思議と心安らぐ時間だった。エアリアルの頭を腿の上に乗せて、エアリアルのぬくもりを感じた。仰向けに寝てエアリアルを胸の上に抱き、その重みと暖かさと鼓動を感じていると、何とも言えない幸福感に満たされた。二人きりの至福の時間だった。

 エアリアルが旅立ってしまった今、隣に座っても落ち着かなかい。何かしていないと、身の置き所がない。エアリアルが使っていた布類を洗濯し、マットレスを元に戻し、掃除をした。時折、冷たくなったエアリアルの顔をなでた。泣きながらエアリアルの名前を何度も呼んだ。

 夕方来た友達に手伝ってもらって、エアリアルを『天使のおくるみ』に入れた。頂いた花は、できるだけおくるみの中に入れた。エアリアルのことは花に囲まれて送ってやりたかったので、嬉しかった。エアリアルが最後に好きだったパピー用ドライフード、トレーニングによく使ったササミ、お留守番のお供だった豚耳、それに、エアリアルが最後から二番目に口にしたロールケーキ(最後に口にしたのはアイスクリームだが入れられないので)も入れてやった。生まれ変わった時に私の顔を忘れていないように、一緒に写った写真も入れた。ビニールの中に入ってしまったエアリアルは、作り物のように見えた。
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 一人で夜を越せるか、自信がなかったが、エアリアルがうちにいられる最後の夜は、二人きりで過ごすことにした。エアリアルの定位置だった私のベッドの左半分に寝かせて、最後の添い寝をした。不思議と、落ち着いた穏やかな気持ちだった。

 翌日、昼前にエアリアルを連れて家を出た。4年間過ごした家に最後のお別れする前に、エアリアルを抱いて、エアが好きだった私のベッド、エアが子供の頃から使ったハウス、キッチンのエアリアルの定位置を、順番に見せて回った。

 広場に寄って、先生と最後のお別れをした。それから、お世話になった訓練所に行った。訓練所でも、お花を用意してくれていた。アレンジメントは持ち帰り、ブーケはおくるみに入れてやった。みんなに、メッセージカードを書いてもらった。そこから火葬場に行った。Mさんが付いてきてくれた。
 Mさんは、前日の朝、Mさんの犬(存命中)とエアリアルが、お互いほとんど顔を合わせたこともないのに一緒に遊んでいて、私が泣いている夢を見たそうだ。エアリアルが逝ったのかもと思っていたところに、先生から連絡が来そうだ。エアリアルは、訓練所に預けられた時お世話をしてくれるMさんが好きだったから、お別れに行ったのかな。
 不思議は話は、もう一つある。Kさんの犬は滅多に吠えないのに、昨日の朝に限って遠吠えをしたそうだ。Kさんの家には何度も遊びに行ったから、ご挨拶に寄ったのかもしれない。
 こういう話を理屈で説明すればこうだ、という解説を読んだことはある。けど、科学では説明できない現象が実際に起きたのだという気がしてならない。
 どんより曇って冷たい風が吹く日だった。エアリアルが外に出られた間は穏やかな天候続きだったのに、外に行くこともなくなったとたんに、寒々しい天気になった。Mさんは、終わるまで一緒にいてくれた。ローレンから聞いた話などを教えてくれた。それを聞いているだけで、ずいぶん救われた。なんて優しい人。一緒にいてくれたおかげで、寂しい火葬場で待つのも耐えられた。

 いよいよ、エアリアルのお骨と対面する時が来た。焼いたら灰になるものと思っていたが、ほとんど形が残っていた。ステロイドを大量に飲んでいたから骨がぼろぼろになっていると思っていたのに、若いしそれまで運動量が多かったからだろうか。全て缶に入れて持ち帰った。後で、エアリアルに似合う可愛い入れ物を探してあげよう。
 エアリアル「だった」ものを目にすると、エアリアルの魂はもはやここにはいないことを、強く実感した。

 エアリアルのことを思っている限り、エアリアルは私の側にいてくれるのだろうか。強く願えば、また生まれ変わって私の所に来てくれるだろうか。今度は、丈夫な体に生まれて来るんだよ。あまり遅くなると、ママが年を取って長く一緒にいられないから、早く生まれ変わってね。一日でも早く、エアリアルに会いたい。



 エアちゃーーん、エアちゃーーーん、エアちゃーーーーーん、
 会いたいよーーーーーーー
 この手で抱きしめたいよーーーーーーーー

by sawa4482 | 2012-11-02 15:44 |