物事の順番と意味

 この1週間は、毎日予定が入っていて、過ぎるのが早かった。
 その前の2週間は、とても長かった。3週間前は、エアリアルが隣にいた。

 まだ、たった18日。

 今日は、ミルトスのしつけ教室に行ってきた。あいにく朝から雨で、デッキでの教室となった。今日の課題は、「飼い主に注目する」だった。アルファは、5ヶ月にしてはよく集中が持ったと思う。五月雨式におやつをもらい続けて、1時間近く、ほぼ、じっとしていたれた。さつきが5ヶ月の頃は、1秒もじっとしていられず、さつきといるのは苦痛だった。エアリアルでさえ、もう少し落ち着きがなかったような気がする。マグカップを持った右腕に飛びついて、コーヒーがこぼれたこともあった。
 しつけ教室が終わる頃、一時的に雨がやみ、教室に来た犬たち一同をドッグランに放した。5ヶ月のノーリッチテリア、1歳11ヶ月のコーギー、2歳のゴールデン。誰も争うことなく、みんな楽しそうに走り回った。同じ年頃の方が気が合うのか、アルファはテリアが一番お気に入りだったようだ。
 雨が上がっていたのは、ドッグランにいた短い間だけだった。ミルトスが大好きだったエアリアルからの贈り物のように思えた。
 しつけ教室の間、アルファに集中して、エアリアルのことを思い出さなかった。ドッグランにいる間、どの犬もとても楽しそうで、私もとても楽しい気持ちだった。さすがに、しつけ教室の後で行ったうどん屋さんでエアリアルのことを口にした時だけは、やっぱり涙が出た。家に帰ってからも、今日はエアリアルを思って泣くことはなかった。

 エアリアルの命の灯が消えていく時の手の感触は、今でも生々しく思い出すことができる。何かの拍子に闘病中の姿が頭に浮かぶと、次から次へと悲しい思い出ばかりが思い出されて涙が止まらなくなる。この文章を書いている最中も、やはり涙が出てくる。
 でも、今日は、「今の」のエアリアルを思い浮かべるようにした。元のきれいな姿に戻って、自由に走り回っている姿を。そうすると、穏やかな気持ちになれて、涙が止まる。無理してるのかなあ? それとも、悲しみから抜け出す段階が一歩進んでいるのか? 自分でもわからない。

 アルファは、絶妙のタイミングでやってきた。今アルファがいるおかげで、することもお出かけするチャンスもある。正直、さつきだけだったら、もっと引きこもって泣いてばかりいたと思う。エアリアルは、私に多くの愛をもたらしてくれた。そのエアリアルが来たのは、さつきがいたから。
 さつきのことは、「飼わなきゃよかった」と何度思ったことか。あまりに手を焼いたから、しつけ教室には熱心に通った。そのおかげで、今回助けてくれた仲間と親しくなれた。もし、最初の犬で苦労していなかったら、アジもしなかっただろうし、アジを通して知り合った人たちとも知り合うこともなく、エアリアルも来ず、エアリアルを通して知り合った人たちとも巡り会えなかっただろう。
 そう考えると、全ての順番にもタイミングにも、意味があるのだなぁと思う。

 ローレンは、エアリアルと私は前世で5.6回一緒にいて、直近の1回以外は、どちらかがもう一方のために犠牲になる関係だったと言った。今回は、「私が」犠牲になったと。エアリアルが「命は与えられ、また取り上げられるもの」ということを学ぶために、私が病気の犬を飼い、悲しい思いをすることになったと。
 でも、ローレンが何と言おうと、私は、犠牲になったのはエアリアルだと思う。私に何かを伝えるために、若くして病気に苦しみ、死んでいったのだと。
 エアリアルが、年老いて亡くなったのだったら、もっと早くエアリアルの死に納得できただろう。
 でも、まださつきもアルファも元気で、私が老年に差し掛かる前に伝えることに、意味があったのだと思う。

 ローレンは、また、今世でエアリアルと再会することはないとも言った。けど、エアリアルと全く同じ姿・心を持った犬と出会うことはなくても、もう一度エアリアルのような運命の子と出会うことはあるような気がする。今日のしつけ教室の先生も、同じことを言った。エアリアルとは会えなくても、エアリアルが次の出会いを調整すると。

 私がエアリアルのために泣かなくなった時に、エアリアルは安心して虹の橋を渡るだろう。

 でも、エアちゃん、ママがもう少し強くなるまで、側にいてほしい。

by sawa4482 | 2012-11-17 22:41 |