4週間

 昨夜は、疲れてすぐ寝付けたので、エアリアルが来てくれても来てくれなくても、わからなかった。

 昨日は、一日中前夜の不思議な出来事を反芻していた。
 まず、錯覚かと思った。しかし、あまりに感覚が生々しく、錯覚でないとすると、何かが来た!。エアリアルが生前私の服をくわえて引っ張ることがなかったので、初めは、エアリアルではない何者かだと思った。後から考えると、私のことを見ていても私に気付いてもらえないから、ここにいるよと知らせてくれたのだろう。初めての経験だったから、半信半疑だった。エアちゃんだと確信が持てていたら、もっとお話ししたのに。

 昨夜は、時計を見ながら「あの夜エアちゃんはこうだった」と思い返すことはなかった。前の晩(日付は昨日になっていた時刻だが)、会いに来てくれて、慰めになったから。少し前までは、闘病中のエアちゃんの姿が勝手に脳裏に蘇って、消そうとしても次から次へと悲しいことばかりが思い出されて泣くことが多かった。その頃は、元気だった頃の姿は思い出せず、写真を見るのも耐えられなかった。最近は、できるだけ病気になる前の姿を思い出そうとしている。そして、10月に入ってからの悲しい姿を、意識的に頭から追い出すようにしている。

 こんなに早く、エアリアルを思って悲しむ時間が少なくなって、いいのかなー? 罪悪感を感じる。次第に悲しむことが減って、楽しい気持ちで懐かしむようになるのが、自然の流れなの? 罪悪感を抱く必要は、ないの?

 でも、昨日、犬友から連名でお悔やみの品を渡されたときは、涙がぶわーっと溢れた。犬が表紙になった可愛いアルバムと、おやつ。おやつのうち1つは、エアリアルが最後までトリーツにできたボーロだった。ボーロをエアリアルに供えながら、骨壺を抱いてまた泣いてしまった。
 ドラハでコイケルを見かけたと聞くと、エアちゃんもその中にいるはずだったのにと、いたたまれない気持ちになる。

 やっぱり、立ち直っているわけではないんだ。コイケルを見たり、コイケルの話を聞いたりしても平気でいられるようになるには、まだまだ時間がかかりそうだ。

 それにしても、エアちゃんの死が、こんなにも大きな衝撃だとは。

 想像を遥かに超えるものだ。



 

by sawa4482 | 2012-11-28 07:53 |